6月16日は「堂島ロールの日」。

Message 社長からのメッセージ

この名誉は、決して過去の評価ではなく、これからの私達に対する期待なのだと真摯に受け止め、これからは毎年この日を、「日々の感謝」と安心安全で高品質な堂島ロールをお届けできているのか、「お客様とのお約束」を振り返る大切な日と位置づけ、より一層美味しいお菓子づくりに邁進して参ります。

金 美花

お聞かせください。あなたと堂島ロールのいい話。 ”堂島ロール”ストーリーたくさんのご応募ありがとうございました!

モンシェールは今年、ロールケーキの普及のお役に立てたと日本記念日協会さまより6月16日を『堂島ロールの日』と認定いただきました。これもひとえに長い間ご愛顧いただきますすべてのお客様のお陰だと、心より感謝しております。その記念日認定を機に、この夏「堂島ロールストーリー」と題し、お客様と堂島ロールにまつわる想い出話を公募させていただきました。楽しいストーリー、驚くストーリー、感動的なストーリー…。どれも事実だからこそ胸を打ち、感動するお話ばかりです。その中でも特に印象的だったお話を、恐縮ながら《最優秀賞》、《優秀賞》、《佳作》と表彰させていただきますので、拝読いただけましたら幸いです。

私達はお客様から寄せられたストーリー達を通じて、何気なく毎日お作りする堂島ロール1本1本がお客様にとってどれだけ大切で、お菓子に関わる仕事がどれだけ誇らしいお仕事なのか改めて痛感しました。堂島ロールを求めて下さるお客様がいらっしゃるからこそ今日も堂島ロールを作ることができると思うだけでお客様に心から感謝ですし、これからも堂島ロールでお客様に素敵な想い出をお届けできますよう、スタッフ一同、より真心込めて、品質の高い堂島ロールを作り続けることをここにお約束いたします。堂島ロールを愛してくださる全てのお客様、本当にありがとうございます!

“堂島ロール”ストーリー優秀作品発表

最優秀賞

堂島ロールストーリー

堂島ロールとの出会いは社会人1年目が終わる頃のことです。
営業をしていた私は仕事がなかなかうまくいかず、お客様からも邪険に扱われ、昇進試験もあり、気分が鬱々とした日々でした。ある日先輩に同行してもらった営業の帰り道にモンシェールの横を通ると、先輩が「堂島ロールって知ってる? 美味しいんだよ」と教えてくれ、「家族と食べるといいよ」「ケーキだから会社に戻らずにこのまま帰りな」と言ってくれました。家に帰り家族と一緒に堂島ロールを食べていると、自然と涙が溢れてきました。それを見た家族は涙については何も言わずに「美味しいね。美味しいケーキをありがとう」とただ笑顔で食べるだけでしたが、その笑顔が当時の私には何よりもありがたい優しさでした。仕事のことで家族の前で泣いたのは、それが初めてで最後のことです。
後に家族に聞くと、「仕事のことで悩んでいるのは知っていたし、頑張っているのも知っていた。だから何も言わなかったんだよ」と話してくれました。きっと先輩も仕事のことで落ち込んでいる私に、家族の時間を取れるようにケーキを勧めてくれたのでしょう。今でも堂島ロールをみると当時の辛い気持ちと励ましを思い出し、元気を出したい時には堂島ロールを買って帰ります。

29歳女性

優秀賞

数日前から身体が宙に浮いたような気持ちで、窓ガラスを磨いたり、掛け軸を替えたり、食器を整えたりして、そわそわドキドキの朝を迎えました。娘とおつきあいしている男性が、初めて我が家にあいさつにやってくる日です。「はじめまして」と玄関に立った男性は、半袖の白いポロシャツから伸びた日焼けした腕が長い、すらっとした好青年で爽やかな雰囲気。彼もちょっと緊張した面持ちです。厳格な主人が憮然と待ち構えている和室に案内すると、彼はあいさつをし、自己紹介をして、娘とつきあっていることや仕事のことを話しています。私がこの日のために用意しておいたのがウェイトローズの紅茶に「堂島ロール」です。彼へのおもてなしのために、そして、娘をとられるような気がして本当はおもしろくない気持ちでいるだろう主人のために。堂島ロールはしっかりその存在感を発揮してくれました。彼は初めて食べるようで、そのたっぷりと入ったクリームのおいしさに驚き、スポンジのふんわりしたやわらかさに感嘆し、ちょっとリラックスし、話もはずみ、雰囲気も和やかになりました。主人も大好きな堂島ロールにご満悦。おてんばな我が娘を好きになってくれた彼には、感謝するばかりです。堂島ロールにちなんで、若い二人のこれからの幸せの歩みに、まわりの人たちを巻き込みながら、円満に、末永く、ご縁が続きますようにと願うばかりです。堂島ロールは、私たちにとって、「人生の大事な節目のおいしい思い出の逸品」となりました。

52歳女性

優秀賞

友人から手土産にもらって以来、堂島ロールの大ファンになった私。するとある日スイーツなんて絶対買ってこない父が梅田の近くに行ったからと私にお土産で買ってきてくれました!強面で無愛想な父が買ってる姿が想像できませんでした!でも普段しない父が買ってきてくれたことがとても嬉しかったです!そして3年後に父は癌になりました。気付いた時にはステージ4で手遅れ…余命半年とゆわれましたが、抗癌剤治療を頑張った父!一時帰宅の時に何を食べたいか聞くと、お前の好きなロールケーキとゆわれ、堂島ロールだと思い、すぐ買いに行きました!食欲がなかった父ですが堂島ロールを一人で半分もたいらげました!
余命宣告どうり父は半年後に帰らぬ人になりましたが、最後に堂島ロールを食べていた父の顔が忘れられません!命日には思い出の堂島ロールを毎年お供えし、そのあと家族で思い出話しながら食べてます!少し暗くなっちゃいましたが、堂島ロールは私と父を繋ぐケーキで特別です!

29歳女性

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Many Thanks 堂島の地に感謝を込めて

ビルが立ち並ぶビジネス街の一角にある、小さなパティスリー。堂島ロールはその名のとおり、大阪「堂島」で生まれました。

堂島の地のお役に立てるように。

今も昔も、ここ堂島に生きる人は皆、夢と誇りに溢れ、光り輝いています。「堂島ロール」には、そんなロマン溢れるこの街に「甘いひとときをお届けしたい」、「企業戦士達のお役に立ちたい」という想いが込められています。ただただそれだけを胸に、励んできたため、私達が生んだたったひとつのロールケーキが、様々な方に「堂島」の地名を覚えていただくお役に立てたのならば、これ以上光栄なことはございません。この街に生まれたからこそ巡り会えた出逢いとご縁に心から感謝するとともに、これからも夢に向かって働く街「堂島」の名に恥じないよう、より一層高い品質を追求し、おいしいお菓子づくりに精一杯励んでまいります。

由緒正しき「堂島」

今から1400年前。聖徳太子は、四天王寺を建立する際に船が難破し木材がたどり着いた場所に、お堂を建てました。そのお堂が川を行き交う船からよく見え、目印になったことから「堂島」と呼ぶようになったといわれています。江戸時代、「淀屋の米市」が堂島に移転してからは全国の物資や米が集まる堂島米市場が成立し、年貢米を保管する蔵屋敷が軒を連ね栄え、やがてそれは世界初の先物取引所へと発展しました。その後、明治の荒波を乗り越え、商都大阪の近代化に大きな役割を果たした「堂島」。平成の今日は、スーツ姿で颯爽と歩くビジネスパーソン達で賑わう関西ビジネスの中心として繁栄しています。